わたしのひとり親ライフ

大変な毎日、ふと救われる瞬間

Tags: シングルペアレント, 子育て, 日常, 共感, 息抜き

終わりのない日常と、ほんの少しの安らぎ

シングルペアレントとして日々を過ごされている皆様、本当にお疲れ様です。仕事に行って、帰ってきて、家事をして、子供の世話をして。気づけば一日があっという間に終わってしまい、自分の時間なんてどこにあるのだろうかと途方に暮れることも少なくないのではないでしょうか。

特に私のように子供が中学生にもなると、手はかからなくなる一方で、思春期特有の難しさや、将来に向けた漠然とした不安など、また違った種類の悩みが増えてきます。体力的な疲労に加えて、精神的な負担も重くのしかかる毎日かもしれません。

ですが、そんな大変な日々の片隅にも、ふと心が軽くなる瞬間や、クスッと笑えるような出来事が隠れているように感じます。今日は、そんな私の日常から、ほんの少しの救いについてお話しさせてください。

子どもの成長に感じる、ちょっとした頼もしさ

中学生になった息子は、以前のように何でもかんでも私に頼ってくることはなくなりました。それは成長の証であり、喜ばしいことのはずなのですが、同時に少し寂しさを感じるのも正直なところです。会話も減り、自分の部屋にいる時間が増えました。

そんな息子ですが、私が仕事で疲れて帰宅した時に、何も言わずに自分の飲み物を取るついでに私の分も用意してくれたことがありました。あるいは、私が探し物をしていると、黙ってそばに来て一緒に探してくれることもあります。大げさな言葉は何もないのですが、そのさりげない優しさに、胸が熱くなるのを感じました。

以前なら「ママ、あれ取って」「これ教えて」だった息子が、今は私を気遣ってくれることもある。思春期の気難しさに悩むこともありますが、こうした瞬間に、彼が確かに成長していること、そして根っこの部分にある優しさに触れることができ、一人で頑張っているのではないのだと、心が温かくなります。

完璧じゃなくても大丈夫、と思えた瞬間

日々の家事は、まさに終わりのない戦いです。特に仕事から帰って、疲れた体に鞭打って夕食の準備に取り掛かる時は、本当に「もう嫌だ」と思ってしまうこともあります。

ある日のこと、疲れ果てて料理をする気力が全く起きず、冷凍食品と簡単に切った野菜だけを並べた「手抜き」としか言いようのない食卓になりました。「あぁ、また今日もちゃんと作れなかった」と自分を責めそうになったその時、息子が「今日のこれ、楽でいいじゃん。洗い物も少なそうだし」と笑って言ったのです。

私としては申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、息子は全く気にしていませんでした。むしろ、私が少しでも楽になることを気遣ってくれているようでした。この時、「完璧じゃなくてもいいんだ」「頑張りすぎなくていいんだ」と、心からそう思えたのです。手抜きと言われる食卓から、思わぬ形で心が救われる体験でした。

小さな「好き」を見つける時間

自分の時間はほとんど取れない、という方は多いと思います。私もそうです。でも、どんなに短い時間でも、自分が心から「好き」だと感じることに触れることは、日々の疲れを癒やす大切な方法だと気づきました。

私の場合は、寝る前に好きな香りのハンドクリームをゆっくり塗ることや、移動中に短いポッドキャストを聞くことです。本当にたった数分ですが、この時間だけは仕事でもなく、子育てでもなく、自分自身だけのための時間です。

こうした小さな時間を持つこと。そして、その時間の質をほんの少しでも高める工夫をすること。例えば、お気に入りのマグカップでコーヒーを飲む、好きな音楽を一曲だけ聞く、窓の外をぼんやり眺める。こうした意識的な「小さな好き」の積み重ねが、張り詰めた心を少しずつ緩めてくれるように感じています。

終わりのない道だけど、一人じゃない

シングルペアレントの道は、時に果てしなく長く、孤独に感じられるかもしれません。大変なこと、辛いこともたくさんあります。でも、子供のふとした優しさや、自分自身のちょっとした工夫、そして何よりも、同じように頑張っている他のシングルペアレントの方々がいるという事実が、私たちを支えてくれています。

毎日を完璧にこなす必要はありません。疲れた時は、ため息をついてもいい。立ち止まってもいい。そして、日常の中に散りばめられた小さな光を見つける目を、大切に持ち続けたいと思います。

大変な毎日の中でも、ふと救われる瞬間が、皆様にも必ず訪れますように。そして、このサイトが、そんな小さな救いを見つけるための一助となれば嬉しく思います。